研究者インタビュー

目に見えない光で、物事のあいだにある
「わからないこと」の観測に挑む

信川 久実子

理論上では語れるものの、明確になっていないことが多く存在する宇宙。それらの間隙を探るため、見えない光・X線で宇宙を観測し、天の川銀河で起きる高エネルギー現象を研究している、信川久実子先生にお話を聞きました。
(聞き手:ヒラヤマヤスコ/撮影:小椋雄太)

研究者紹介

お話を聞いた人

信川 久実子

Kumiko Nobukawa

近畿大学 理工学部 理学科 講師

X線天文衛星を用いて宇宙の観測研究や、X線天文衛星の開発、X線天文衛星に搭載する検出器の開発を行っている。

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研究の概要

目に見えない光で観察しないと、見えてこない宇宙の姿があるんです

先生の専門とする研究について教えてください。

私は電磁波の一種であるX線で宇宙を見るということをしています。

X線で宇宙を見るとは……?

宇宙っていろんな観測方法があるんですけど、パッと思いつくのは「望遠鏡」という人が多いかもしれません。望遠鏡で見える宇宙というのは、可視光……つまり目に見える光をとらえているんですね。ただ、可視光って、この世にある光の中ではごくごく一部なんです。

可視光よりエネルギーが低いものでは、赤外線やスマホやテレビなどに利用される電波が。エネルギーが高いものでは、X線やガンマ線などの光が存在しています。宇宙では、X線のような見えない光がいろんなところから放出されているんです。それをとらえて観測しようというのが私の研究分野ですね。

X線で宇宙を見ると、どういうことがわかるんでしょうか?

6,000度から10,000度くらいは可視光としてとらえることができます。たとえば、太陽の表面温度は6,000度くらいなので、人間の目で太陽を認識することができるんですね。あ、これは表現であって、太陽は直接見てはダメですよ。

ただ、星の周りの大気のなかには1000万度とか、ものすごく高温のものもあるんです。そういう超高温の大気は、熱によって星の大気を構成するいろんなものが分解されてしまうので、可視光ではなく、よりエネルギーの強いX線を出すようになります。それを観測してはじめて「ああ、あそこにはものすごく熱い星があるんだな」と、存在を認識できるんです。

また、星が寿命を迎える「超新星爆発」が起こる時やその残骸からも、莫大なエネルギーをともなってたくさんのX線が宇宙に放出されます。そうやって、宇宙にはいろんな要因によって放たれたX線が飛び回っているんです。

なるほど、それをとらえられたら「いつどこで超新星爆発が起きたんだ」ということがわかるんですね。

そうです。ちなみに、X線で宇宙を見るには、CCDという光をとらえるカメラを用いた半導体デバイスを、より宇宙空間でX線をとらえる仕様にカスタムした素子を使っています。CCDを人工衛星に搭載して打ち上げ、観測をおこなうんですね。

JAXAと一緒にCCDなどを人工衛星に搭載するミッション用の機器開発にも、私は携わっています。

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見えない光じゃないと見えない宇宙がある、というのは難しいですがおもしろいです。見えない光を観測した結果、具体的にわかったことはあるんですか?

私は、太陽系も内包する天の川銀河を観測対象としているんですが、銀河のなかって超新星爆発によって生み出されたもの、生まれたての星の赤ちゃんが発するものなど、いろんな粒子が超高速で飛び回ってるんですよ。

古い星が死に超新星爆発が起こると、爆発の衝撃で電子と原子核がバラバラになって、「宇宙線」という高エネルギーの粒子が宇宙に放りだされます。

宇宙線はいつか地球などの他の星に着陸するんですが、なかにはひょろひょろの速さしかないために星が持つ磁場に跳ね返されて到達できない粒子もある。それらのひょろひょろした宇宙線は、分子の雲にぶつかると、そこから化学反応が起こって新しい星が生まれるプロセスに影響を与えているかも……ということがかねてより言われていたんですよ。

と言いますと?

過去の観測によって、どうやらひょろひょろの速度の宇宙線粒子が宇宙にいるっぽいってところまではわかっていたんです。CCDを搭載した人工衛星で、見えない光を観測することによって、ひょろひょろ宇宙線の存在を発見することができました。

へえ!星がどうやってできるのか、そのひとつの要素が明らかになったんですね。

宇宙というのは、「わかっていること」と「わかっていること」のあいだに「理論上こうなんだけど、まだはっきりしないこと」がたくさんあるんですよね。そういう、判明の間隙を知るための手段が、私の研究分野である、X線で宇宙を見るということなんです。

これまでの道のり

製造費用も規模もコンパクトな「超小型衛星」は、いろんな人や企業の興味関心を乗せて実証実験ができるものです

信川先生が近畿大学で携わっている超小型人工衛星打ち上げプロジェクトについておうかがいします。先生がJAXAと連携して取り組んでいる衛星とどんな違いがありますか?

JAXAと取り組んでいるXRISM衛星って、高さが7〜8mくらい、両腕部分の太陽光パネルを広げた横幅が9mとか……。ものすごく大きいんです。最先端の科学技術を搭載し、性能はいちばん優れていますが、製造費用も100億単位ですし、関わる人間も何百人になってくるので、参入が難しい分野です。

でも超小型人工衛星は、最小単位で縦横奥行きが約10cm、重さも1kgくらいでつくることができるんです。

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思ってたよりずっと小さい!

実際は複数の超小型人工衛星をくっつけた状態で打ち上げるので、宇宙に行くのはもう少し大きくはなるんですけど。製造も数百万から一千万くらいの予算感でつくることができます。1年2年の短い期間でつくることができるのも、超小型人工衛星の特徴です。

なるほど、機動力が高いんですね。その金額だと、企業も参入しやすいですね。

そうですね。今回つくった超小型人工衛星「宇宙マグロ1号(SpaceTuna1)」は、寝屋川市で産業機械⽤の製品などをつくっている、株式会社エクセディさんとの共同開発です。宇宙マグロ1号に再帰性反射材シートを貼りつけ、それに向かって地上からレーザーを照射してみようという実験になります。

さ、再帰性反射材シートにレーザーを照射して……?

再帰性反射材というのは、バラバラの方向から光が入っても、必ず入ってきた方向に光を跳ね返す性質を持った反射材です。地上では再帰性を確かめられているんですが、じゃあこれって地表から宇宙の距離感でもきれいに反射してくれるのかなって。それを確かめるための実験ですね。

超小型衛衛星はつくりやすいぶん「これって宇宙だとどうなるんだろう?」みたいな、大きな衛星には乗せられないけど確かめてみたい興味関心を乗せて実証実験ができるところが特徴でもあり魅力なんです。

なるほど、まだどう活用するか、何の解決に繋がるかわからない事柄であっても「ひとまず宇宙に飛ばして確かめて見よう!」っていう挑戦ができるんですね。

そうですね。ただ注意しなきゃいけないのが、人工衛星って、搭載しているものの大部分が「バス機器」という、過酷な宇宙空間で衛星が壊れずに動くための機構なんですよね。蓄電ができる太陽光電池、データを地球に送るための通信装置、昼は灼熱・夜は極寒のなかで温度を保つ熱制御とか。

超小型衛星は、安くつくることができるぶんバス機器の精度がどうしても落ちてしまいます。自分のやりたいことが100%できるメリットはありますが、保証がないというところがデメリットですね。

でも、ゼロから衛星をつくるなんて経験はそうそうできないですし、挑戦する価値はとてもありそうですね。

そうなんです。学生にとっても、衛星がつくれるのは貴重な体験ですし、実際にすごくイキイキして開発に携わっていました。

私自身も、民間企業と一緒にプロジェクトを遂行することは大きな学びになったんです。研究職ってどうしても、なにか交渉や調整をしないといけない場でも、「AなんだからBだ」「BなんだからCだ」って、理屈立てた説明になりがちなんですよね……。そんなときに、相手の言わんとすることや言外の意図を汲み取った説明をしてはどうか、とエクセディさんが提案してくださることがあったんです。私にとってそういったアプローチはいままで知見のなかったものなので、すごく勉強になりました。

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これからの展望

「わかっていること」と「わかっていること」のあいだを知る未知の検証をしていきたい

今後、信川先生自身が超小型衛星に乗せて調べてみたい事柄はありますか?

CCDの次世代に「CMOS」という素子があるんです。CMOS自体はデジタルカメラにも使われているものにはなるんですが、そのCMOSをX線をとらえる仕様にして人工衛星に搭載することができないか、いま開発を進めています。

CCDは、写真を露光するように記録したピクセルを全部読み出すんですけど、CMOSはX線をとらえた部分だけ抽出して取り出すことができるので、処理が速いんです。X線用のCCDは4秒に1回の撮影だけど、CMOSは1撮影がマイクロ秒とか……。

ただ、まだまだ開発段階なのでいきなり大きな人工衛星には乗せられないけど、超小型衛星なら今すぐ実験ができるなと。 

未来の大きな観測のための小さな観測ができるんですね。

あと、いきなり宇宙を見るのってやっぱり大変なんですよ。星って絶えず回っているので、それを追尾しながら記録するにはやはり大きなバス機器が必要です。ある程度ほったらかしでも記録できるようなものをつくりたいですね。

それで観測してみたいのが、地球の大気です。地球自体はX線を発していないんですが、太陽や宇宙から発せられるX線を反射してるんです。そのおかげで、間接的に地球をX線で見ることができるんですよ。

地球を見るっていうと、なんだかもう、研究し尽くされたような感じがあるんですが……?

いやいや!それがですね。意外と穴があって。

地球にはいろんな粒子が降り注いでいるんですけど、地球の大気を通り抜けて落ちてくる。その吸収され具合っていうのが高度によって違うんですよ。大気の上の方だと通り抜ける量が少なくて、下の方を通ったらより吸収度が高いんです。

たとえば、標高が高いところは紫外線量が強いけど、海抜に近いところは少ないみたいな?

そうですね。それで、大気のなかでいうと地表から100kmあたりの領域って意外と観測されてないんです。人工衛星は300kmくらい高くあげないといけないし、それよりも低いエリアの大気を観測できる媒体って、50kmくらいが限界の気球なんですよ。だから、気球と人工衛星が見ることができる大気のちょうどあいだが穴になってるんです。

へー!意外!

意外と、知られていない領域のそこがおもしろくて。地球温暖化が進むと、二酸化炭素の影響で、100kmくらいの大気の濃度が変わるらしいんですよ。

まさに、先生が宇宙の観測にX線を選んだ、「わかっていること」と「わかっていること」のあいだにあることの観測ですね、おもしろい!

私が宇宙を研究しようと思ったのは、そもそもこの世の全てには理由があるんだって知ったことがきっかけなんです。

どうして空は青いんだろうとか、素朴な問いを分解していくと、分子や原子がある。それをさらに分解していくと素粒子や原子核がある。すべての疑問がうまれる場所って、宇宙にあるんだなって。

まだまだ疑問を解決するヒントが埋まっているであろう、物事のあいだにある「わからないこと」がこの世界にはたくさんあります。見えない光・X線と超小型衛星を使って、それらを観測していけたらいいなと。

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