研究者インタビュー
文化を「面」でとらえ、コンテンツの魅力を学びに変える
岡本 健
観光から、アニメやマンガ、ゲーム、映画、そしてゾンビまで。歴史や文化、社会的背景を紐解きながら、世の中をより楽しく過ごすためのヒントを探るため研究されている岡本健先生にお話を聞きました。
(聞き手:ヒラヤマヤスコ/撮影:小椋雄太)
研究者紹介
お話を聞いた人
岡本 健
Takeshi Okamoto
近畿大学 総合社会学部 総合社会学科 社会・マスメディア系専攻 准教授
観光社会学、コンテンツツーリズム学、メディア・コンテンツ研究、ゾンビ学の他、アナログゲーム、デジタルゲームとそれらにまつわる文化全般(YouTuber、VTuber含め)の研究をおこなっている。
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研究の概要
ゾンビも聖地巡礼もゲームも、記録しなければ消えてしまう文化を「面」でとらえて分析しています
アカデミックシアターwebサイトの、岡本先生のプロジェクトページに「ゾンビ研究所+メディア・コンテンツ・ツーリズム・ラボ+ゲーム文化研究所」とあるんですが、やっていること全部を詰め込みすぎではないですか?(笑)
もうちょっとまとめろよ!って感じですよね。全部書いといたらなんか引っかかるやろと思い、全部詰め込んでしまいました。
つまりどういうことをされているんでしょう。
ざっくり説明すると、アニメやマンガ、ゲーム、映画などのコンテンツそのものを研究したり、それらの作品・創作活動からうまれる文化そのものを研究したり、活用方法を考えたりして、世の中をより楽しく過ごすためのヒントをつくり出せたらいいなと思っています。
もともとの専門分野であるコンテンツツーリズムも、いまや僕の代名詞的な研究分野となっている「ゾンビ学」も、コンテンツの特徴や歴史、ヒットの秘密や社会的影響などをそれぞれ噛み砕いて分析し、文化のひとつとして体系立てて考えていこうという取り組みです。
なので、僕のゼミにいる学生たちがみんなゾンビ好きでいる必要もないんですよ。好きなコンテンツを分析・研究しようという気持ちが大事であって。
なるほど。「ゲーム文化研究所」も、そういった狙いがあって立ち上げたんですか?
そうですね、「ゲーム文化研究所」は2021年度になって立ち上げました。観光学もゾンビ研究も近畿大学に赴任する以前から進めていた分野なので、せっかく近大に来たからには何か新しい研究をしたいなと思って。
ゲーム文化というのはまた幅広いですよね。研究ってもっと「ボードゲーム」とか「PlayStation」とか、的を絞って掘り下げていくものではないかと思うんですが……。
そうなんです!僕も最初、流行っていることもあってボードゲームを研究しようと思ったんですけど、よく考えたらボードゲームもオンライン上でやることが多いんですよね。学生もzoomを使って遠隔で人狼ゲームするっていうし。そうなるとアナログに特化すべきでもないなって。
デジタルゲームも大事にすると、昨今の盛り上がりを見るにeスポーツも押さえないとまずい。ゲーム実況者でもあるyoutuberやVtuberも押さえておく必要がある。ゲームを軸にいろんな文化が繋がっていて、繋がっているからこそ生まれる「小さな文化」もある。
「小さな文化」?
たとえば「Call of Duty」というシューティングゲームは、知らない人が見たらドンパチ撃ち合う野蛮な戦争ゲームに見えるんですが、プレイヤーにとっては「戦争がテーマ」という表層は、じつはあまり重要じゃない。「こういう地形だとこのルートに敵は来るだろうからここに隠れて……」と先読みと分析が必要な戦略ゲームなんです。
将棋みたいですね。
そうですそうです。で、戦略のひとつとして、わざと撃たれて敵陣に近い場所から復活するワープのような技を「沸く」って表現するんです。特定のゲームのなかでしか使われないスラングですね。
別の一例では、花京院ちえりさんというVtuberがいるんですが、彼女のファンは自分たちのことを「従業員」と呼ぶ文化がある。その従業員のなかに書道家の原田風道先生がいらっしゃって、素晴らしい書で「従業員Tシャツ」をつくっておられました。僕も花京院ちえりさんの従業員なので「面白いな」と思って購入して、そのつながりから僕のYouTubeチャンネルの題字を依頼しました。さらに、同じく従業員の萃蟹ドーラク先生がゾンビ先生のSDキャライラストを描いてくださり…。こういう形で、「おもしろがった人たち」のあいだで創作が連鎖していくのも「小さな文化」なんです。
この動画ではこういうムーブメントが、このゲームではこういうムーブメントが……って、似た事例は無数にありそうですね。
そうなんですよ。でも、Web上のコンテンツって紙媒体ほど後世に残らないんですよね。サービスが終了すると跡形もなくなってしまうし、なんならサービスは継続していてもアップデートでゲームのルールが変わると、昔のルールがどうだったか誰もわからなくなるんです。「あったね〜」って人々の記憶のなかだけにあって、すぐに存在ごと忘れられてしまう。
「ニコニコ動画」の「弾幕」なんかもそうですね。動画が「過疎ってしまう」と、あの不特定多数が足並みを揃えて同一のコメントを打つような、内輪だけどおもしろいノリが消えてしまうし、コメントはアーカイブも残らない。
だから大きな潮流だけではなく、あちこちで生まれている小さな文化も含めたゲーム文化全体を誰かが面でまとめないと、点と点だけが残ってその隙間にあったものが永久に失われてしまうんです。
物事は、点をしっかりとらえることももちろん重要なのですが、現在のエンタメは、アニメからゲームから書籍、リアルイベントにいたるまで、色々なものが重なって文化を形成している。だからこそ点ではなく面でとらえて、トップから裾野にいたるまで押さえておかないといけないんです。
これまでの道のり
「こんなのも学術になるかもなぁ」気軽な興味から研究分野を地道に積み上げ広げていきました
岡本先生はどういう経緯で今のような研究分野に……?
もともと大学での研究分野は観光学だったんですよ。アニメやマンガの舞台を観光する「聖地巡礼」をテーマに大学院、博士課程と進んで論文を書いて博士号を取得して、最初に赴任したのは京都文教大学ですね。観光ビジネスを教える教員になりました。
当時はまだゾンビ化してないんですね。
いや、個人のライフワークとしては大学生の頃からすでにゾンビ化してたんですよ。
(笑)。
大学3年の時に映画の授業で「武侠映画」っていうジャンルを教えてもらったんです。いわゆる武術で戦うアクション映画ですね。とくに香港の武侠映画って、時代や場所などの設定が違うだけで話はワンパターンなんですよ。「大切な人を殺された!くそー!ってなって修行してカンフーで悪者を倒す」みたいな(笑)。でも、先生の話を聞きながら何本も作品を見ていくと、ワンパターンに見えた作品のなかに明確な違いや、系統立てて分類できたりして。それまで「分析をする」という目線で映画を見たことがなかったので、新鮮な体験だったんです。
その授業で映画に関するレポート執筆が課題として出た時に、何を書こうかなとレンタルビデオ屋の「ゲオ」に探しに行った。そこでふと目に留まったのがゾンビ映画だったんですよ。「なんやこの映画!金返せ!(笑)」って思うような作品も多いのに、なぜかめちゃくちゃ作品数があるんですよね。それでゾンビ映画を片っ端から観はじめて、会話のネタにするようになりました。
趣味の一環だったゾンビが「学」になったのはなんだったんですか?
聖地巡礼をテーマにした博士論文を書くのがしんどすぎて……。自分で決めたテーマですし、大好きな研究対象であっても、論文を書く作業って本当に大変なんですよ。それで、「もう聖地巡礼のことなんて考えたくない!」って逃避して、ゾンビに関する論文を書きました。
論文から逃げるために論文を書くなんていよいよだなあって感じがしますが、ゾンビも突き詰めていけば学術になるかな?という興味はあったんです。おかげさまで人文書院さんから書籍化の声がかかって、2017年に「ゾンビ学」の書籍を発行しました。
それで、書籍にするにあたってゾンビに関するカルチャーを一通り学び直せたので、授業もできそうだなと思って。その時は同志社女子大学の非常勤でメディア社会学を教えていたんですが、1コマだけゾンビ学の授業をやったら結構ウケがよかった。それで手応えを感じて「半期15回の授業全部、ゾンビでいけるんちゃうか」って。近大に赴任して、「ゾンビ学」の書籍を教科書にして現代文化論の授業を受け持つことになりました。
いまやすっかり「ゾンビ先生」として、近大のオープンキャンパスやさまざまなメディアでもひっぱりだこですもんね。
ゾンビでありがたく注目してもらえたんですが、ゾンビを学問として掘り下げた経験は、もともとの専門である観光学にもすごくいい影響を与えてくれましたね。
マンガやアニメって、作品の舞台になる土地を深く理解して描かないとそこが聖地にならないんです。「アルプスの少女ハイジ」の監督の高畑勲さんは、スイスでのロケハンを綿密におこなったそうです。だからハイジのファンは実際にスイスに行って「ハイジの世界そのままだ!」って感動して、またより作品への愛情が増していく。
逆もまたしかりで、聖地のほうも作品のことをちゃんと知ってないと良質な観光コンテンツはつくれない。上辺だけの理解でつくる観光コンテンツや地域振興には結局、粗が出てくるんです。ゾンビ学のおかげで、コンテンツそのものに目を向ける視角を深めることができました。コンテンツツーリズムを考える時の視野も広がったと感じています。
気軽な興味をきっかけに研究分野を広げていきつつも、しっかりとコンテンツを掘り下げ分析する地道さもあったんですね。
これからの展望
「人気で良質なコンテンツをつくるって大変だ」ということを身を持って味わい、学びにしていきたいですね
産学連携のなかで今後やっていきたいことはありますか?
最近、『自由自在』で有名な増進堂・受験研究社と、ゾンビ研究所がタッグを組んで「ゾンビ英単語」という単語帳をつくりました。受験で必要とされる単語を全て網羅しつつ、例文を読んでいくと1冊を通してゾンビ映画調の物語になっているという手の込んだつくりの本です。
学生たちには、ひとり2本ずつゾンビに関する映画を視聴し、セリフを全部書き出すようにという課題を出しました。そうやって、まずはゾンビ映画のセオリーを理解するところからはじめました。構想から販売まで2〜3年かかった大作です。増進堂・受験研究社さんは学生ゆえの荒削りさも受け入れて「若い人との関わりは僕たちも勉強になる」と単語帳制作のなかで粘り強く並走してくれました。
実りある産学連携の実績は、お互いにとってとても価値あるものになりそうです。
あとは、いまって無数のコンテンツがあふれていて、つい「なんでこんなのが売れてるの?」「こんなアカウントが1万フォロワーなの?」なんて思うことがあるかもしれませんが、良質なコンテンツをつくって人気を得ていくって見かけ以上に過酷で大変なんですよ。「ゾンビ英単語」づくりは、その過酷さを学生が身をもって知ることができました。
SNSでフォロワーを増やすのも大変なことなんですよね。いま学生たちには、ゾンビ研究所のTwitterを運用してもらっています。毎日のコンスタントなツイートはもちろん、ソンビに関するクイズを出すなどユーザー参加型のツイートも増やして、ジワジワとフォロワー数が伸びてますね。僕自身もVtuber「ゾンビ先生」として、いろんな動画をアップして紆余曲折中。夢はチャンネル登録者数10万人、銀の盾を目指しています。
動画をつくったりイラストを描いたり、フォロワーの分析をしたり、地道な分析とトライアルアンドエラーを繰り返すことで、ものづくりへの理解が深まり、解像度があがってくる。地味で時間がかかって大変ではありますが、コンテンツづくりって、やってみたらおもしろいことがいっぱいある。これも大切な学びとして発展させていきたいですね。
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