研究者インタビュー

価値のないものを燃料として新しい価値にする

冨田 義弘

  • #サステナビリティ
  • #素材
  • #脱炭素

化石燃料に代わるものとして注目されているのが、近畿大学が開発した「バイオコークス」。さまざまな植物からつくることができ、CO2の増減に影響を与えないという画期的な燃料です。学内の「バイオコークス研究所」所属、冨田義弘先生にお話を聞きました。
(聞き手:ヒラヤマヤスコ/撮影:小椋雄太)

研究者紹介

お話を聞いた人

冨田 義弘

Yoshihiro Tomita

近畿大学バイオコークス研究所 講師

鉄を主体とした材料の塑性加工の1つである鋳造に関する研究に従事。特に、鋳造技術を応用した異種材料の複合化や、環境に優しいバイオコークスを用いた鋳造方法の開発を行っている。

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研究の概要

もみ殻も刈り取った草もクズ野菜も!あらゆる植物を環境にやさ優しい燃料に変えることができるのが「バイオコークス」です

先生がいま取り組まれている「バイオコークス」とはなんでしょうか?

バイオコークスとは、光合成に起因する全ての植物から形成できる固形燃料の総称です。つまり、光合成する植物であれば、どんなものでもバイオコークスにすることができます。もみ殻や蕎麦殻も、刈り取った草や木も、クズ野菜やお茶っ葉も。素材を乾燥させて筒状のプレス機に詰め込み、加圧しながら180℃ほどの熱を加えて15〜20分程度焼き固めることで完成します。300℃で着火し燃焼をはじめ、排出される二酸化炭素は環境を悪くしないことが特徴です。

植物ならなんでも燃料にできるなんて……。

植物系の廃棄物を燃料にできるので環境負荷も少ない。こうした再生可能エネルギーのニーズは二酸化炭素の削減効果だけでなく、持続可能な開発目標(SDGs )の達成に必要です。木材のペレット化などの再利用法も日々模索されていますが、そうした一般的なバイオマス資源に比べて、バイオコークスは嵩をとらず、長時間の燃焼が可能なんです。2000年に近畿大学の井田民男先生によってバイオコークスが発明されました。接着剤を使わず、植物だけで固まるという発見は近大の特許です。現在はバイオコークス研究所を学内に立ち上げて日々研究しています。

「地球の血液」である炭素のサイクルがいま崩れ続けています

バイオコークスを使う産業的なメリットはなんでしょうか?

現在の産業の根幹を支えているのは鉄です。アルミニウムや銅などさまざまな金属がありますが、国内で使われている金属のうち約8割が鉄なんですよ。では、その鉄の加工はどうやっているのかというと「石炭コークス」という化石燃料を使って溶かしているんです。

現在の製鉄は化石燃料に頼っているんですね。

はい。そして、石炭コークスは文字通り石炭が由来の燃料です。そもそも化石資源は掘り出してそのまま使えるわけではないんですよね。石炭コークスは石炭を蒸して、炭素以外の成分を取り除かなければならないなど製造のコストがあります。また、輸入のコストもある。そもそも有限である化石燃料はあと何年で尽きるのかもわかりません。

燃やすことで二酸化炭素も出ますもんね。

二酸化炭素が直接悪いわけではありません。ここで炭素の話をしておきたいのですが、炭素は「地球の血液」なんです。植物は光合成によって二酸化炭素(CO2)を吸い込んで酸素(O2)が排出されますよね。そして木に炭素(C)が残ります。その炭素を燃料として燃やすことによって二酸化炭素が大気中に放出される。そしてまた木は二酸化炭素を吸い込んで酸素をつくる……。炭素は地球を血液のように循環して、ガスになったり石炭になったり木になったりしているんです。

化石燃料を燃やして発生する二酸化炭素も必要だということですね。

問題なのは炭素が循環するサイクルが乱れてしまうことなんです。地球には自浄作用があると考えられていますが、いま自浄作用だけではまかないきれないほどの炭素が大気中に放出され続けている。これが温暖化の1つの原因とされています。

バイオコークスは石炭コークスの完全な代わりになるのでしょうか?

完全な代わりとなることは難しいのかもしれません。バイオコークスは圧縮成形されているので着火しにくい性質を持っています。しかし、一度燃えると小さいものでも1時間以上は燃焼してくれるので、炉の温度をあげるまで化石燃料を用いて、そこからはバイオコークスを使うなどすれば、全体の二酸化排出量を抑えることができます。化石燃料でないといけない部分は引き続き使いつつ……というのが持続可能な社会の実現に向けて現実的ではないでしょうか。

これまでの道のり

鋳造工学の専門家として、環境負荷の少ない鋳造方法としてバイオコークスの活用方法を模索しています

先生の研究もお聞きしたいんですが、そもそも先生は鋳造の専門家なんですよね。

はい。バイオコークス研究所のメンバーではありますが、もともとは鋳造が専門です。「東の早稲田・西の近大」と呼ばれるくらい、近畿大学は鋳造や鋳物の研究が盛んな大学なんです。恩師の中村幸吉先生や石野亨先生が鋳鉄のJIS(日本産業規格)の取り決めに携わっていたりするんですよ。

鋳造の研究ってどんなことをされているんでしょうか?

金属工学の分野のなかで、複合材料というものがありまして。たとえば金属とセラミックスを合わせて、特性を強化した素材をつくろうという試みです。鉄は加工性がいいんですが、錆びますし酸にも弱い。セラミックスは鉄ほどの加工性はありませんが、酸や水に強い。両方を接合させて、互いの欠点を補い合う素材がつくれたら面白いなと思い、鋳物のなかでも複合材料を研究するようになりました。

その接合とは、どういった技法なんでしょうか?

「鋳ぐるみ」という鋳造技術があります。用途に合わせてセラミックスと金属を一体化させる方法で、セラミックスを骨組みにして金属で包むように鋳造することです。この鋳ぐるみの研究で近畿大学で博士号を取得しました。そして現在は環境負荷の少ない鋳造方法としてバイオコークスの活用方法を模索しています。

これからの展望

いろんな植物を燃料に変えられるバイオコークスは、エネルギー問題解決や資源の再利用、地方の産業に活かせるかもしれません

いままで先生はどんな素材でバイオコークスをつくりましたか?

もみ殻や刈り取った芝生、ヒノキなどの間伐材などで製造しました。実験的に鉛筆やネクタイなどもバイオコークス化しました。ちなみにヒノキやお茶の葉でつくったバイオコークスは、素材由来のいい匂いがするんですよ。

全国のさまざまな植物でバイオコークスをつくってみたらおもしろそうです。

そうなんです。蕎麦の産地であればそば殻が出ますし、林業が盛んなところでは間伐材や枝打ちした小さな枝が大量に出ます。それらをゴミとして燃やすよりも、乾燥させて燃料にしてしまえばいいですよね。エネルギーの地産地消にもなりますし、それをきっかけに現地で仕事や雇用も生まれます。二束三文にしかならない、価値のないものが燃料として新しい価値を生む可能性は十分にあります。

たしかに!

とはいえ課題もあります。バイオコークスを使う人々がまだまだ少ないということです。地方の新しい産業への可能性もあるとはいえ、使ってもらわなければ生産量も増えません。お風呂を薪で燃やしているような家庭はいま日本にほとんどありませんから、日常のなかでバイオコークスを必要とするシーンがなかなかないんですよね。鋳造の際にバイオコークスを活用する研究に加えて、多くの人にバイオコークスを知ってもらうこと、使ってもらうこと、そして新しい活用法を考えてもらうことも課題です。

使用ニーズが上がれば、バイオコークス製造装置の導入なども増えますし、製造する量が多くなればひとつあたりのコストも削減でき、プロダクトとして売り出しやすくなりますね。

少しずつですが、各地でバイオコークスの生産が始まっています。バイオコークスを使って薪ボイラーでお湯を沸かしたり、冷房に使ったり。アウトドアの分野にも可能性があるかもしれませんね。新しい場面や価値観で、バイオコークスをいろんな人に使って欲しいと思います。

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