研究者インタビュー

薬学の枠にとらわれない

多様なアプローチで、生薬の世界を探求

髙浦 佳代子

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世界各地の伝統医学で2000年以上前から使われてきた生薬(しょうやく)。しかし、その作用メカニズムはいまだ十分に明らかにされていません。生薬の世界に魅せられ、研究活動や学内外のプロジェクトに携わっている髙浦 佳代子先生にお話を伺いました。

(聞き手:藤原朋 / 撮影:小椋雄太)

お話を聞いた人

髙浦 佳代子

Kayoko Takaura

近畿大学 薬学部 創薬科学科 講師

専門は生薬材料学。生薬の歴史から品質、栽培、供給まで幅広く研究している。特に、高品質な国産生薬の持続的供給の達成に力を入れている。

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研究の概要

従来の枠にとらわれず、広い視野を持って生薬を研究しています

先生が研究している生薬(しょうやく)とは、どのようなものですか?

生薬とは、自然界に存在する天然の素材を簡単な加工などを経て使うお薬です。植物だけでなく、実は動物や鉱物も使います。

生薬の研究って、どんなことをするんですか?

生薬にはすごくたくさんの成分が含まれているので、それを細かく分けて、一つひとつの成分を調べていく天然物化学というジャンルが、今の薬学の主流です。でも私は、一つの成分にとらわれず、生薬を生薬のまま伝統的な形で使う研究をしたいと思って取り組んでいます。こういう研究をしている人はあまりいないんですけど。

なぜ、あえて主流ではないアプローチを?

成分がたくさん入っていることに、何か意味があるはずだと思っていて。いろいろな成分が同時に体に入ってくる現象をとらえ、「複数の成分で効いていく妙」を探求したいと考えています。今でも生薬の世界は「よくわからないけど、なぜか効く」というものが多くあって、薬理を明らかにする方法もまだ確立されていないんです。だからこそ、これまでの薬学の枠にとらわれない考え方や、広い視野、新しい視点が必要だと思っています。

国産生薬の持続的供給の達成を目指し、多様なアプローチを行っています

生薬はまだまだ謎が多い分野なんですね。先生が特に力を入れているテーマは?

葛根湯を構成する生薬の一つである「芍薬(しゃくやく)」と、しゃっくり止めに使われる柿のヘタ「柿蒂(してい)」をメインに、国内生産を目指して研究を進めています。例えば芍薬は、昔は日本から輸出するくらい盛んに生産されていたのですが、今では国産が2%程度。もし何かの事情で輸入できなくなったら、日本で必要としている人に供給できなくなってしまうので、リスクヘッジの意味でも国内で作れたほうが良いと思うんです。そのために今は、産地や品種によって効き目が違うのか、といった分析を行い、国内生産に最適な方法を模索しています。

国内で生産するためには、どのような課題がありますか?

1番の課題はコスト面ですね。保険適用で使おうと思ったら、ある一定の値段以下で販売しないといけないので、生産にコストをかけてしまうと経済として成り立たないんです。

だから、例えば江戸時代に用いられていた農法で作れば、あまりコストをかけずに栽培できるんじゃないかと、古典の文献をひも解く研究なども行っています。芍薬の場合は、生薬として使う根の部分を育てるには4年ほどかかるので、その期間も経済として成り立たせられるよう、地面より上の部分を切り花として販売できるような品種を探して研究したりもしています。

文系・理系の枠組みを超えた多様なアプローチですね。

そうですね。前職では博物館に勤務し、文系の先生方と分業しながら研究していましたし、芍薬の国内生産を目指す農林水産省のプロジェクトは、農学系の先生と連携して取り組みました。

現在は、特に芍薬の匂いに注目して研究を進めています。ガスクロマトグラフィーという装置を使う一方で、実際に人の鼻で匂いを嗅いで分析を行っています。匂いの違いを定量化し、生薬を評価するための指標を作ることで、生薬にも切り花にも使える最適な品種を導き出せるかもしれないと考えています。

これまでの道のり

生薬にふれる機会を増やすため、学外機関と連携しながらプロジェクトを進めています

そもそも先生はどうして生薬に興味を持ったんですか?

私はもともと忍者が好きで、薬学部に行きたいと思ったんです。『忍たま乱太郎』の原作のマンガが大好きで。朝顔の種が入ったケーキが出てくるエピソードがあるんですけど、朝顔の種は牽牛子(けんごし)という生薬で、実は下剤なんですよ。そんな身近なものが薬になるなんて面白いなと思いました。

きっかけが忍者とは意外でした(笑)。最近は、一般の人たちの間でも漢方や生薬への関心が高まっている印象がありますが、いかがでしょうか。

そうかもしれませんね。でも、薬学生にはあまり人気がなくて……。薬剤師の国家試験で、生薬に関する問題は数問しか出ないんです。300問以上あるうちの3~4問ですから、勉強してもコスパが悪い教科だと思われてしまって。それに、先ほどもお話したように、研究手法もまだ確立されていないので、面白さが伝わりづらい分野なのかなと思います。

先生が携わっている「生薬の図書館プロジェクト」は、もっと生薬に興味を持ってもらおうと思って始めたんですか?

近大には1930年代のものも含め、色々な種類の生薬標本があります。当時使われていた生薬がそのままの形で残っているのはすごいことなのに、薬学部のほとんどの先生や学生は、標本があることすら知らないんです。だから、標本の存在や価値をみんなに知ってもらいたいと思ったのが、プロジェクトの出発点でした。でも実際に始めてみると、標本どころか生薬に興味がない、あるいはふれる機会がない学生がすごく多いと気づいたので、まずは機会を作っていくところからスタートしました。

どんな活動をしているんですか?

生薬を見たり触ったり匂いを嗅いだりして、五感をフル活用しながら学べる場を作っています。これまでに、葛根湯づくり、練香づくり、アロマクラフトといったワークショップ型のイベントを開催してきました。イベントの参加者は、薬学生が半分、他学部生が半分くらいで、30人ほどの定員が告知して1週間ほどですぐ埋まるほど人気です。イベントをきっかけに興味を持って、プロジェクトメンバーになった学生たちとは、植物園や生薬問屋の見学、薬用植物を育てている農家さんの収穫のお手伝いにも行っています。

実際に体験しながら学ぶのは楽しそうですね。学外の機関とはどのように連携していますか?

葛根湯づくりはクラシエさん、アロマクラフトづくりはサエラ薬局さんと連携し、企業から講師を招いて実施しました。企業の方たちは、採用を見据えて「漢方に興味のある学生とつながりたい」という思いを持ってくださっているようですので、win-winの関係が築けているのではないかと思います。このような関係性を実現することで、学外へと輪を広げていきたいと思っています。

これからの展望

多分野の人たちが協働できるよう、ネットワークをさらに広げていきたい

「生薬の図書館プロジェクト」では今後どのようなことに取り組んでいく予定ですか?

絵が得意な学生さんがいるので、キャラクターやカードゲームを作って、生薬を楽しく学べる学習ツールにできればと準備を進めているところです。ぜひ完成させて、次年度には実際に授業でも使えると良いですね。

今はプロジェクトのコアメンバーは薬学生が中心なので、他学部生がもっと増えて、いろんな視点が加わっていくと、より面白いプロジェクトになるのではないかと期待しています。

研究の今後の展望についてもお聞かせください。

国産生薬の持続的供給を達成することが、やっぱり1番の目標ですね。私一人でどうこうできる問題ではないので、原材料を作ってくれる農家さんとも、実際に生薬を使って試してくれるお医者さんとも、もっとつながっていかないといけない。

実装するにはたくさんのプロセスが必要ですから、作る人/分析する人/使う人がうまく連携できるようなネットワークを広げていきたいですね。私は、分析をする役割、そして間をつなぐ役割をしっかり担っていきたいと思います。

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