研究者インタビュー
比喩表現を手がかりに、「人間」を認知科学でひも解く
大田垣 仁
「人生は旅だ」「君は僕の太陽だ」。私たちは日常生活の中でさまざまな比喩に出会います。そんな比喩表現を通して、人間の心と体とことばの関係をひも解こうとしている大田垣仁先生に、研究分野について、そして現在携わっているプロジェクト「KINDAI マンガカフェ」について、お話を伺いました。
(聞き手:藤原朋 / 撮影:小椋雄太)
お話を聞いた人
大田垣 仁
Satoshi Otagaki
近畿大学文芸学部 文学科日本文学専攻/総合文化研究科 准教授
専門は名詞句の意味論と語用論。比喩表現を手がかりに、ことばの形と意味がミスマッチを起こす現象を研究している。
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研究の概要
さまざまな比喩表現を分類・整理し、メカニズムを探っています
先生の専門分野について教えてください。
私の専門は言語学です。ことばにまつわる思わず引き込まれる分析対象を、言語研究の世界では「おもしろ言語現象」と呼んでいるんですけど、そのような現象を探して規則性を発見する学問が言語学です。私が主にテーマとしている比喩表現も、言語学で考えるべき現象の一つです。
比喩というと、「まるで○○のようだ」みたいな表現ですか?
はい。それは直喩(=シミリー)と呼ばれる比喩表現です。「人生はまるで旅のようだ」と言うと直喩、「人生は旅だ」と言うと隠喩(=メタファー)になります。直喩と隠喩はきょうだいみたいなものですね。どちらも、何かと何かの間に似ている点を見出して言い換える表現です。
比喩の種類は他にもありますか?
メタファーの他に、メトニミー(換喩)、シネクドキー(提喩)という比喩表現があります。例えば、「今日の授業はどうだった?」と聞いたときに「寝ちゃった」と答えるのがメトニミー。授業がつまらなかったという意味で「寝ちゃった」と答えているんですね。平安時代の作品に出てくる「袖を絞る」といった表現も、涙で袖が濡れる状況から「悲しい」という感情を伝えています。
このように、目に見えない感情を、隣り合って起きる目に見えるものに置き換えるのがメトニミーの例です。
なるほど。比喩とは気づかずに何気なく使っていますね。シネクドキーはどんなものですか?
例えば、「卵を買ってきて」とお使いを頼んだのにダチョウの卵を買って来たら、怒られると思うんですけど(笑)。これはある文化の中で、「卵」と言えば「鶏の卵」だろうという限定がかかっているんですね。このように、上位概念を表すことばで特定の下位概念を意味するのがシネクドキーです。逆に、内側から外側に広げるパターンもあります。「もうごはん食べた?」と聞かれたら、お米を食べたかではなく食事をしたかどうかを答えますよね。これもシネクドキーです。
これも比喩なんですね、面白い!先生はどんな比喩表現を研究テーマとして扱っているんですか?
大学院生のときはメトニミーを研究していましたが、今は他の比喩も含めて実践的に扱っています。メタファーを扱う授業は学生にも人気がありますね。例えば「自分の好きな歌詞を何曲か用意して、その中にあるメタファーを探しましょう」という課題は、みんなとても楽しく取り組んでくれます。私自身が研究を進めるときも、例文を探し、分類・整理して、メカニズムを探っていくというプロセスで進めていきます。
これまでの道のり
心と体とことばの関係に、科学的にアプローチしたい
先生が言語学の道に進んだのはどうしてですか?
医者になりたくて理系に進んだものの、だんだん物理や化学がわからなくなってきて、文系にシフトして進学したのが日本文学専攻でした。理系にいたときは、人間臭さをできるだけカットして、その向こうにある科学的なものを研究したいと思っていましたが、文系で学ぶうちに、むしろ人間臭さこそ、科学的に考えると面白いんじゃないかと思うようになって。だから私は、言語学の中でも認知言語学や認知意味論と呼ばれる、人間の心と体とことばの関係を科学的に考えていくアプローチを取っています。
「人間」を科学的に捉えたいと思うようになったきっかけは?
関西学院の学部3年生のとき、金水敏先生(現・大阪大学名誉教授)が非常勤で来られていました。金水先生の授業を受けて、文系でも科学的にアプローチできる研究領域があるんだと気づいたんです。それで、大阪大学の大学院に進み、金水先生のもとで日本語学を学ぼうと決めました。
近大のリソースを生かし、マンガについて語り合う場を広げています
先生は「KINDAI マンガカフェ」のプロジェクトに携わっていますが、もともとマンガカフェは大阪大学と京都国際マンガミュージアムの共催イベントだったそうですね。
はい。「○○カフェ」は、語りの場にふらりと集まった人たちが特定のテーマについて対話を行うプログラムのことです。大阪大学で哲学カフェやサイエンスカフェが行われる中で、金水先生が中心となってマンガカフェの活動が始まり、院生だった私はスタッフとして関わることになりました。金水先生が定年退職を迎え、活動はいったん終了したのですが、このままやめてしまうのは惜しいという話になって。マンガミュージアムでは年1回のイベントとして継続し、近大ではアカデミックシアタープロジェクトの取り組みとしてスタートすることになりました。近大のビブリオシアターの2階には2万冊以上のマンガがあるので、このリソースを生かさない手はないと。
「KINDAI マンガカフェ」ではどんな活動を行っていますか?
読書会イベントを定期的に開催するほか、さまざまなジャンルのマンガ通をゲストスピーカーとして招いたレクチャーイベントも行っています。これまでに、海外マンガ、沖縄マンガ、教育マンガといったテーマを設けたイベントを実施しました。
外部機関とはどのように連携していますか?
京都精華大国際マンガ研究センターの伊藤遊さんには、プロジェクト立ち上げのときからご協力いただいています。来年度は他のマンガミュージアム研究員の方にもイベントのゲストスピーカーとして参加いただければと、準備を進めているところです。自治体とのコラボレーションも行っていて、今年は兵庫県からの依頼で、プロジェクトメンバーの学生たちが兵庫県内のマンガの聖地を紹介する企画も実施しました。
これからの展望
マンガカフェを通して、伝える力や道を切り拓く力を身に付けてほしい
「KINDAI マンガカフェ」が目指すものは?
学生たちにはこの活動を通して、自分が好きなものをキュレーションして伝える力を身に付けてほしい。そのためのオープンな共有地がマンガカフェだと思っています。だから学生たちには「マンガカフェのマンガバリスタになりましょう」っていつも言っているんです。これも比喩ですけど(笑)。
その力はきっと、マンガ以外でも応用できますよね。
一つのフレームワークを型として身に付けたら、何にでも応用できるし、自分で新しい道を切り拓いていくための土台になる。プロジェクトを通して、所属する学部以外の学生や先生、外部の人たちとやり取りをする経験は、卒業後に自分でコミュニティを広げていくための予行演習になるかなと思いますね。
外部との連携で、今後取り組んでみたいことはありますか?
日本のマンガのジャンルは多様ですから、マンガにできる内容だったらどんな分野ともコラボレーションできると思っています。中小企業が集積するまちという立地を生かして、企業のものづくりを描いたマンガをテーマに、実際にこのまちで働いている人たちと対話をしても面白いでしょうし、逆に企業の取り組みをマンガとして制作するのも良いかもしれません。
活動の幅はまだまだ広がっていきそうですね。最後に、先生の研究における今後の展望についてもお聞かせください。
比喩表現の例文を集めるうちに、メタファー、メトニミー、シネクドキーのどれか1つを研究していてもダメだとわかってきました。複数の比喩が複合的に比喩表現を生み出すことに注目して、統一的な分析ができないかと考えています。ケプラーの法則の影響を受けてニュートン力学が生まれ、さらにアインシュタインが相対性理論を生み出したように、上位の理論や統一理論を比喩表現でも見出せないか。それが一番壮大な目標です。
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