研究者インタビュー
強風災害から社会インフラを守るため、
風による振動を解析
野田 博
自然災害というと地震や水害がクローズアップされがちですが、台風や竜巻による強風災害の規模も非常に大きなものです。コンピュータシミュレーションを駆使して、風の災害から建物を安全に保つための研究を行っている野田博先生に、研究活動や産学連携についてお話を伺いました。
(聞き手:藤原 朋 / 撮影:小椋 雄太)
お話を聞いた人
野田 博
Noda Hiroshi
近畿大学 建築学部 建築学科 総合理工学研究科 教授/学部長
強風による建物被害について研究しています。台風や竜巻による建物被害、高層建物周りのビル風、強風の性質、などです。また、高層建物や橋梁の風による振動についても研究しています。
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研究の概要
コンピュータシミュレーションで、風による構造物の振動を解析
先生の専門分野について教えてください。
私の専門は、広くは建築構造です。自然災害に対して建物を安全に保つための研究を行っています。自然災害の中でも特に台風や竜巻などの強風を対象としていて、今最も興味を持っているのは、風による構造物の振動です。風によって建物が揺れると、最悪の場合には壊れるケースもありますし、壊れるほどではないにしても長時間揺れることで中にいる人が船酔いのようになってしまいます。ちょっとイメージしづらいかもしれませんが、建物は風が吹いている方向に対して直交方向に揺れるんですよ。
直交方向ですか?風と同じ向きに揺れるのではなく?
風が吹いている向きにも構造物は揺れますが、風向きに対して直交方向の揺れが大きくなります。風の流れの中に構造物があると構造物の後ろに渦が交互に発生し、この渦によって揺れが生じるんです。この渦は、セオドア・フォン・カルマンという人が発見したため「カルマン渦」と呼ばれています。

渦は目に見えないし、なんだか不思議ですね。
この現象をカルマンが発見したときのエピソードも面白くて。実は、カルマンがあるフレスコ画(壁画)を見たとき、人物の足元に渦が描かれているのを見て、ひょっとしたら物体の周りにこういう渦があるんじゃないかという着想を得たそうです。
人間の目では見えないはずの渦が、画家には見えていた?
そうなんです。画家のものを見る目はすごいんですよ。ちょっと脱線しますが、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた水の絵にも大小の渦が見られますし、葛飾北斎の『神奈川沖浪裏』には波の形が細かく描かれています。一見、デフォルメして描いたように見えますが、ハイスピードカメラで水を撮影すると、ダ・ヴィンチや北斎が描いたような現象が実際に起きているんです。画家の目は自然現象を正確に捉えていたんでしょうね。
面白いですね!先生はどのようなアプローチで風を研究しているんですか?
主にコンピュータ技術を利用したシミュレーションを用いて研究しています。数値流体計算、CFD(Computational Fluid Dynamics)という手法です。例えば最近では、阪神高速道路から受託して、全長2.7kmの長大斜張橋の風による振動制御の研究をしています。この橋は実際に建設されるもので、私が担当しているのはコンピュータシミュレーションで橋周りの風の流れや風による振動を解析することです。かなり大きな構造物なので、計算も大規模となります。そのため、計算はスーパーコンピュータ「富岳」を利用しています。
これまでの道のり
乗り物のデザインの機能美に惹かれ、風に関心を持つように
先生が風の研究を始めたきっかけは?
高校卒業後、大学の建築学科に進み、初めはデザインの道を志していました。デザインのアイデアを色々と考えていたときに、ヨットや飛行機、車など、乗り物のデザインがかっこいいなと思って。水や空気の流れを考えて「もっと速く進みたい」と機能を追求した先に良いデザインになっている、ならば建築でもと考えて風の流れに興味を持ちました。そこで、大学に風の研究をしている先生がいたので、その研究室に入ったんです。
デザインに生かせるかもしれないと思って、風に興味を持ったんですね。
当時、趣味でウインドサーフィンをやっていたことや、航空工学研究部で鳥人間コンテストに挑戦していたことも、風に惹かれたきっかけだったのかもしれません。実際に研究室に入ってみると、デザインは全く関係なかったんですけどね(笑)。でも、研究自体は面白かったし、数学や物理も好きだったので、そのまま風の研究を続けることにしました。
大学卒業後、研究者の道に進んだのですか?
修士課程を修了後、建設会社に就職しました。当時は風洞実験という、人工的に風を作り出して、その風が物体に与える影響を調べる実験に携わっていました。一方で、どんどん技術が発達していくコンピュータシミュレーションの可能性も感じていたため、実験と計算の両方のアプローチから関わるように。働きながら大学院に通い、コンピュータシミュレーションをテーマに博士の学位を取得しました。その後、大学で研究・教育に携わるようになり、現在に至ります。

産学連携の取り組みで、実社会への還元を目指しています
以前働いていた建設会社とは、現在も共同研究をしているそうですね。
はい。その会社では現在、風に関する調査や研究開発は主に風洞実験で行われていますが、それをコンピュータシミュレーションに置き換えることに挑戦しています。課題はたくさんあり、ハードルはかなり高いのですが、一つひとつ解決していくことで目標達成を目指しています。これに関連して、昨年度のゼミ生の卒業研究では、「Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島」の周辺の気流解析を行いました。
スタジアム周辺の気流をどうやって解析するんですか?
スタジアムの図面を広島市の資料公開申請で入手し、3D-CADで再現しました。周辺の地形や建物は、国土地理院が無償で提供している数値地図データを利用しています。最近は日本の多くの地域で数値地図データが利用できるので、都市の気流解析をする上でとても便利になりました。以前は、ゼミ生が白地図を持って現地を訪れ、周辺の建物の高さなどを1週間くらいかけて調べていたんですよ。
すごい!それは大変ですね(笑)。ちなみに先生はコンピュータシミュレーション以外の研究も行っているんですか?
強風災害リスク評価にも取り組んでいます。災害の発生確率と建物の強度の確率から、災害による破壊確率を求めます。その破壊確率に建設コストを乗じると、例えば台風による建物の被害額が予測できます。建物の持ち主が補強について考える際、補強する費用と被害額のどちらが安いのか、という比較ができるため、事前に対策する明確な動機づけになります。
被害の規模を具体的に知ることが、事前に補強しておこうと考える動機になるんですね。
そうです。ちなみにこの強風災害リスク評価は、建設会社にいた頃に考案し、近畿大学着任後に完成させたものですが、数年前にある損保会社がこのリスク評価法を採用し、新たな強風災害に対する保険料設定に用いられました。

これからの展望
研究を通じて、強風災害を減らすことに貢献したい
これから研究をどのように展開していく予定ですか?
風洞実験をコンピュータシミュレーションに置き換えるための研究は、以前働いていた建設会社の他にもう一社、「一緒に研究したい」という企業からのオファーがあったので、今後は二社と近大の共同研究として取り組んでいく予定です。現在のコンピュータ技術では、計算にかなり時間がかかってしまうのが課題の一つなのですが、最近は世界的に注目されている新しい計算方法も出てきたため、それを取り入れるかどうかも検討中です。
最後に、今後の目標をお聞かせください。
一番の目標は、強風災害を減らすこと。日本は地震が多い国ですが、台風による災害も頻繁にあり、保険の支払金額で見てもかなりの経済ロスになっています。地震や水害はメディアで大きく取り上げられがちですが、強風災害への対策も重要です。私が現在最も興味を持って取り組んでいる研究の成果が実社会に還元できることにとてもやりがいを感じています。
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